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VAX & VMSものがたり


第3章 VAXハードウェアの開発

まったく新しいアーキテクチャの開発

1975年春に、精力的な小さな開発タスクフォースが作られ、 32ビットのPDP-11アーキテクチャが提案されました。チームは、マーケティング、 システムアーキテクチャ、ソフトウェア、そしてハードウェア部門からの代表者で構成されていました。

そのプロジェクトは、3つのフェーズから成っていました。 フェーズ1では、チームは、ビジネス計画、システム構造、開発計画、 プロジェクト評価基準、長期製品開発との関連性、 他の選択肢を包含したドキュメントを作成しました。 フェーズ2では、プロジェクト計画を作成しました。 そして、フェーズ3は、プログラムの実施でした。

新しいハードウェアシステムの予定出荷日は、開始日から18カ月または20カ月後でした。 最重要課題は、より強力なコンピューティングパワーを求める顧客のニーズを満足するために、 32ビットシステムを迅速に市場に出すことでした。

Bill Demmer(前副社長、コンピュータシステムグループ)の話

  「歴史を通じて、新しいコンピュータアーキテクチャ開発の背景にあった主な推進力は、 恐らくアドレッシング能力の向上でした。 これにより、VAXコンピュータの概念全体が最初に生み出されました。」  

天体名の使用

当初、VAXとVMSの開発チームはハードウェアには「Star」、 オペレーティングシステムには「Starlet」というコード名を使用しました。 以後、ハードウェアとソフトウェアの名前付けに天体のコードが使用され始めました。

新しい32ビットシステムのファミリ計画は、既に作成されていました。 約40人のエンジニアがチームで通常の勤務時間を超えて働きました。 関係した誰もが、この新しいコンピュータがDECをテクノロジーの最先端に導くことを期待しました。 そして、周囲の雰囲気は、興奮と熱気に溢れていました。

  VAX11-780の製品発表時のシーン
VAX11-780の製品発表時のシーン。
左から右に、Gordon Bell、Richie Lary、Steve Rothman、
Bill Strecker、Dave Rogers、Dave Cutler、およびBill Demmer

プロジェクトの計画

Gordon Bell(エンジニアリング担当副社長)は、DECの新しい方向性に対する主な推進者でした。 彼は、PDP-11に使用したアドレッシング機構を拡張した新しいシステムの計画を作成しました。

新しいシステムの当初のコード名は「Star」でしたが、内部的にはすぐにVirtual Address eXtensionの頭字語、「VAX」として知られようになりました。 製品が発表されたとき、顧客に新しいシステムがPDP-11と互換性があるということを示すために、 VAXという名前に数字の「11」を追加しました。

Bill DemmerはVAXプロジェクトのプロジェクトマネージャで、 新しいアーキテクチャを開発するために、3つの設計チームを作りました。 VAX Aチームは、設計コンセプトを担当し、 VAX Bチームはアーキテクチャ拡張の一部と設計仕様そしてプロジェクト計画のレビューを担当しました。 VAX Cチームは、最終版のプロジェクト計画と設計仕様のレビューと承認を行いました。

  Ken Olsenが最初のVAXに電源を投入。最初のVAXのブレッドボード(プロタイプ)に電源を始めて入れたとき、 Ken Olsenは電源装置で手をやけどしそうになりました
Ken Olsenが最初のVAXに電源を投入。
最初のVAXのブレッドボード(プロタイプ)に電源を
始めて入れたとき、 Ken Olsenは電源装置で手を
やけどしそうになりました

計画の実施

VAXとVMSのキックオフ ミーティングが、1975年4月に開催されました。 インストラクションセットの拡張、マルチプロセッシング、 プロセス構造などの項目を解決するタスクフォースがこれらの詳細を議論するために、 部屋に閉じこもりました。彼らのゴールは、PDP-11を可能な限り変更せず、 かつより大きな仮想空間を持つように拡張することでした。

基本的な問題は、「PDP-11アーキテクチャはそのアドレス機構を拡張しながら、 ユーザからは透過に見えるようにするという目標を達成できるのか? この拡張されたアーキテクチャが、元のアーキテクチャにスタイルと構造が類似しながら、 長期間にわたり競争優位なコスト/パフォーマンスでインプリメンテーション可能か?」というものでした。 チームのメンバーには、これら2つの目標が完全には達成できないことがすぐに分かりました。 そこで、彼らは、全く新しいアーキテクチャを開発することにしました。

すべてのチームメンバーは、「新しいシステムはカルチャー的にPDP-11と互換性をもち、 それまでの成功したシステムと同じ外観と感じを維持しなければならない」ということで合意しました。

PDP-11の基本的な制約を見事に解決する1つのアーキテクチャが登場しました。 チームは、拡張されたアーキテクチャとPDP-11の基本的なアーキテクチャを 重ね合わせたインプリメンテーション計画を作成しました。 こうして、新しいシステムをPDP-11ファミリの拡張モデルのようにすることができました。 これにより、主要な目標の1つが達成でき、顧客はPDP-11へのこれまでの投資を生かし、 かつ自分達のシステムを成長させることができるようになりました。

アドレス空間の拡張とPDP-11互換の保証に加えて、 他の目標は15年間から20年間にわたるユーザの要求をサポートするアーキテクチャを開発することでした。


アーキテクチャの革新

VAXの開発およびレビューチームは、ほとんど1年間、VAXアーキテクチャに関して試行錯誤しました。 第4バージョンまで進んだ後、提案されたアーキテクチャを実現するのは、 余りに複雑で、高価で、大変であることが分かりました。

このため会社は、3人のハードウェア エンジニア、 Bill Strecker、Richie Lary、Steve Rothmanと3人のソフトウェアエンジニア、 Dave Cutler、Dick Hustvedt、Peter Lipmanから成る 「Bule Ribbon Committee」として知られるようになったグループを作りました。 彼らは、初期の設計を簡単にして、実施可能な計画を作成しました。 重要な修正には、提案されたシステムの非常に複雑なメモリ管理と プロセススケジューリングの簡略化が含まれました。 単純化されたアーキテクチャ、即ちバージョン5にまで進化した設計のもとで VAXは完成し1976年春に承認されました。設計作業の開始から正確に1年後のことでした。

Peter Conklin(VMSエンジニアリングマネージャ)によるVAXという名前の由来

  「VAXはVirtual Address eXtensionの頭字語で、製品名ではなくプロジェクト名でした。 名前を選択するとき、『PDP-何とか?』を使用することも考えましたが、 マーケティング担当者が、名前を記憶しやすくするには、2つの重要な要素があると助言してくれました。 それは、短くかつ発音しやすく、名前に「X」という文字を持つということでした。 というのは、Xはあまり使用されない文字のために、目を引くというわけです。 その理論に従って、「VAX」という最良の名前を付けることができました。」  

VAXの戦略

単純であることが、VAX戦略の核心でした。 VAX戦略は、ユーザのアプリケーションを再プログラムすることなく、 ユーザが円滑に利用でき、情報を保存し、どんな製品上でも実行できる、 一組のホモジニアスな分散コンピューティングシステムの提供でした。 マシンは、デスクトップからエンタープライズ規模のシステムにわたりました。 その目標は、同一のオペレーティングシステムを実行する、 単一のVAX分散コンピューティングアーキテクチャの確立でした。 関連した目標に、将来1000対1の価格範囲の製品を提供するということもありました。

競合企業は、上位移行用に大規模なマシンを提供しました。 これらのマシンは下位マシンと同じコードを実行できなかったため、 下位マシンのコードを実行するためには再コンパイルする必要がありました。 DECの単一アーキテクチャ戦略は、顧客にはコストの節約と同義となり、 顧客のコンピューティング環境を単純化しました。

さらに、単一アーキテクチャによりネットワークと分散処理の構築が可能になりました。


VAXハードウェアのインプリメンテーション

計画が承認された後、VAXとVMSのプロジェクトは アーキテクチャの基本設計の作成に数ヶ月を要しました。 さらに、詳細設計には9ヶ月を要しました。 この計画は、2つの異なるハードウェアエンジニアリングチームによって実行されました。 1チームは既存の技術を使用して、最終的にはVAX-11/780となったマシンを設計しました。 また、他のチームはDECの新しい半導体グループを通して、 後にVAX-11/750となった新しいVAXチップテクノロジーを開発しました。

Roger Gourd(ソフトウェアエンジニアリングマネージャ)の話

  「多くの人が、我々が恵まれたこのような機会を得たことがないと思います。 我々は、素晴らしい人達を得て、偉大なチームに成長しました。 勿論、チームには多くの意見の相違がありましたが、 それらを整理して期待されたものを作り上げました。」  

メモリとCPUの設計

メモリ設計の計画には、メモリ規模をどうするか、何ビット必要かという問題がありました。 コストの観点から最高性能の達成と使用ビット数の最適化の間で、 バランスを考慮した決定がなされました。VAX-11/780のメモリ設計は、 エラー検出訂正コード(ECC)がシステムに組み込まれた最初のものでした。 半導体のDRAMは、ソフト障害に影響を受けやすいものでした。 システムをメモリのロスや情報の変化から守るために、 追加ビットのコードを用いて情報をメモリに格納することが必要でした。 たとえ1ビットが変化しても、メモリシステムは変化したビットが判断でき、 問題を訂正してコードを再構築することができました。

仮想メモリにより、メモリ空間はもはやシステムの内部メモリに制限されることがなくなりました。 その代わりに、プログラム全体はディスク上に置かれ、オペレーティングシステムが 必要に応じてプログラムの一部を内部メモリに取り込んだり掃き出したりしました。 最初のVAXシステムは内部メモリが非常に小さかったので、これは重要でした。 内部メモリに比較して、ディスクの記憶領域は安価です。 さらに、仮想メモリの導入により、大き過ぎてメモリサイズに完全には 適合しないプログラムも実行することができました。 これは、仮想アドレス機能のないシステムでは不可能でした。

ハードウェア設計のインプリメンテーション上の主な留意事項は、 VAX-11/780とVAX設計の将来に渡るすべてのインプリメンテーションで正確性を保てるように、 ハードウェアを正確に開発することでした。

ハードウェア開発チームがその開発努力を継続していた間に、 そのソフトウェアが同じように集中的に開発されていました。

VAX...あまりに気に入ってベストのものを盗む

  VAX...あまりに気に入ってベストのものを盗む  
  冷戦中、VAXは鉄のカーテンの向こう側には販売できませんでした。 技術者は素晴らしい技術であることを認識していたので、VAXシステムのクローンを、 ハンガリー、ロシア、中国で作りました。VAXシステムのクローンが作成されていることを知った後、 DECはCVAXチップ上に次の言葉を刻みました。「VAX...あまりに気に入ってベストのものを盗む。」  

Bill Strecker(チーフテクニカルオフィサー、VP、CST)の話

  「1980年代の初期、我々は非常に複雑なコンピュータを設計していました。 このため、エンジニアリングプロセスが複雑なコンピュータに追いつくことができません。 そして、開発中の新しいVAXをシミュレートするには、 最新のVAXを使用しなければならないことを発見しました。 VAXでVAXを開発 - 最初のコンピュータが次の世代のVAXを開発するツールとなりました。」  
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