海洋研究開発機構(JAMSTEC)は海を中心に気象、海流、地球内部、津波・地震、生物まで地球を包括的に理解していこうとする国内唯一の研究機関だ。特に海洋生物の分野ではマリアナ海溝の超深海層に独自の微生物生態系があることを突き止めるなど、すばらしい研究業績をあげている。また、ベクトル型スパコン「地球シミュレータ」を活用した地球規模の大規模計算技術の開発もおこなっている。

そんなハイパフォーマンスコンピューティング(HPC)のパワーユーザーである JAMSTECがHPE Integrity Superdome Xの実力を評価した。評価したのは、微生物のゲノムの専門家でドライ(遺伝子解析)の高木氏、そしてタンパク質工学の専門家で、量子化学計算による酵素の機能改変の研究をされている嶋根氏。

ここでは、その評価の内容と、「しんかい6500」で研究を進める高木氏と仕事を共にするウエット(実験)の吉田氏に貴重な深海の世界をご紹介してもらう。


深海生物は持ち帰って飼うことができない生物ばかりで、その生態こそ未踏の領域でした。しかし、シーケンス技術を利用したゲノミックス等によって、深海生物の研究が可能となりました。

超深海から海底下、土までも調査対象

  ――まず、海洋研究開発機構の研究に関して、聞かせください。
     
  吉田氏:海洋研究開発機構( JAMSTEC)は海を中心に地球全体を研究しています。その研究内容は気象、海の流れ、地殻内、地震、生き物、シミュレーションにまで及んでいます。最近では、深海の資源や鉱物が注目されており、有効利用できるか研究を始めております。

また、日本の海を研究するための“船”が重要で、有人船から無人探査機、ロボットまで様々なファシリティを造っています。


  ――その中で、深海生物の研究はどういうものでしょうか。
     
  高木 氏:深海生物は、陸の生物と比べるとサイズが小さく、数も少なく、アクセスできる機会も少ないため、昔から未知なる世界でした。深海と陸では環境が全く異なりますので、持ち帰って飼うことができない生物ばかりで、その生態こそ未踏の領域です。

しかし、次世代のシーケンス技術が上がってきたので、シーケンス技術を利用したゲノミックス等により、深海生物の研究が可能となったのです。

海は光の届く浅海系と、水深 200m以上の光の届かない深海系の大きく 2系統に分かれます《図 1》。浅海系では、太陽の光をエネルギー源にする微生物、その微生物をエネルギー源にする生物もいて、生態系が生まれています。

一方、深海系では光が届きませんので、根本が異なります。海溝のような 6,000m以上の深さとなると、そこに生息する生き物の種類が変わってくるのです。

何を栄養にしているかで微生物相が変わるのですが、私の研究は 16SリボソームRNAという微生物を特定できる遺伝子を調べています。超深海から海底下、そして地殻内までも調査対象です。

先日、地球深部探査船「ちきゅう」により海底下約 2kmという地殻コアを採取した中にも《図2》、微生物がいることを発表しました。世界最深部の海底下から見つかった微生物群です。普通の土なら 1グラムあたり数億〜数十億匹の微生物がいますが、コア試料は数千匹ととても少なく、特殊な微生物がいる別世界だったのです。


  ――どのような生物が深海にいて、微生物との生態系を作っているのでしょうか。
     
  高木 氏:太陽の光を頼りにしている生き物たちとは別に、深海には地球から沸いてくるエネルギー源を頼りにしている生物が生息しています。

最初にエネルギーを使うのは微生物で、普通の貝等の生き物はそのエネルギーを直接的には使えません。

まず、微生物が使って微生物が増えて、それを餌にする動物が増える。段々と生き物も賢くなり、そこに微生物を取って食べる動物だけではなく、自分の体で飼育して食べる生物も出てくる。それがゴエモンコシエビです。まさに自分の体で畜産業をやっているようなものです。

さらにそれに飽きたらず、自分の体の中で微生物を飼って生きるのが、シンカイシロウリガイという貝の仲間です。

このような生き物の「共生関係」を調べるためには陸上での飼育実験が欠かせませんが、これが難しい。深海の生き物を陸上に上げてくると、急激な圧力の変化で弱ってしまいます。その上、餌となる微生物もいなくなってしまうのです。分からないことがたくさんあり、試行錯誤しています。





国立研究開発法人海洋研究開発機構
深海・地殻内生物圏研究分野
主任技術研究員博士(農学)
高木義弘氏



国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋生物多様性研究分野
主任技術研究員博士(工学)
吉田尊雄 氏



国立研究開発法人海洋研究開発機構
海洋生命理工学研究開発センター
技術副主任博士(工学)
嶋根康弘 氏


redhat

いかに壊れていないRNAを採取するか

  ――研究分野は様々と思いますが、どのような専?分野でしょうか。
     
  高木 氏:私はコンピュータで遺伝子解析等をおこなうドライが専門で、微生物のゲノム関連の研究をしています。

深海に住んでいる微生物であったり、動物に共生している微生物等のゲノミックスや、あるいはトランスオミックス等から、そのライフスタイルを探ろうという研究をおこなっています。

それ以外にメタゲノムは自分のスキルを活かせるので今始めているところです。

吉田 氏:私はウエットの研究者なので実験することがメインなのですが、深海の湧水域や熱水域に生きている動物と微生物の共生関係を研究しています。

そういう生き物は飼えない場合が多いので、どうしても実験的にやろうとすると難しい。今はその微生物や動物の方のゲノミックス、トランスクリプトーム等を用いて研究をしています。

私が対象とする深海生物は極限環境に生息し、さらに微生物を体に宿らせて生きているのですが、どういう仕組みで共生関係を成立させているのかを調べています。

嶋根 氏:ウエットとドライ両方を担当しています。

酵素を産業応用するチームに所属し、自然にある酵素を産業利用するために、アミノ酸改変して機能を改良しています。たとえば、シミュレーションを使ってタンパク質の安定性を評価して、耐熱性の高い変異体を開発しようと試行錯誤しています。


  ――最近取り掛かっているプロジェクトはどのようなものでしょうか。
     
  吉田 氏:いかに壊れていない RNAを採取するかが、研究を左右します。

今おこなっているのは、海底の状態で RNAが壊れないような溶液を入れた箱を用意して、そこに貝自身や生き物自身を軽く潰して、そこの中に浸して置くのです。そうすると液が浸透して RNAが壊れない。そこまでやっておくと、生きた状態のままの保管と近い状態に止めておけるのです。

高木氏:最初は一部の DNAが取れれば良としていました。次に全ゲノム、さらに遺伝子の動き、つまり RNAまで研究は進みました。

そして、深海での動きへと研究は欲張りになり、今では良い状態のサンプルをいかにして取るか、ドライとウエットの研究者が十分な疎通を図りながら進めています。

吉田 氏:その背景には、情報処理能力の向上があるのです。

つまりシーケンス能力が上がってきて、処理しなければならない情報がこの 10年で格段に増えてきました。多くの情報が溢れていて、研究に欲張りになってくるのです。

深海は頻繁に行けるわけではないので試行錯誤の中で、少しずつステージを上げて現在では現場で固定しないと駄目とか、そういうレベルになってきたわけです。


  ――年々データ量や計算パターンが増え、状況は変わってきているのでしょうか。
     
  高木 氏:当初、やっと微生物のゲノムをうちでもできるようになった際には、 1つの微生物のゲノムを2年とか 3年かかってやっていました。同じ状態にもっていくのに今では2〜3日でできます。

シーケンス技術とそれを処理するコンピューティングの能力は上がっています。シーケンシングしてゲノムの形を作るアセンブルも10倍くらいの速さになっていますので色々試行錯誤できるようになりました。


  ――計算環境としての理想に、どのような要望を持たれていますか?
     
  高木 氏:部署内に1台専用機を持ちたいです。JAMSTECの横浜研究所には地球シミュレータをはじめ、コンピューティング環境が整っていますが、なかなか混雑していて、思うように使えない場合があります。

部署内では 4台のサーバーを使っていますが、管理するのが大変なので、手間要らずの自動化できるようなサーバーが理想的です。




ゴエモンコシオリエビ《写真》
深海の熱水噴出孔域に住む甲殻類の一種。ヤドカリに近い種で体表に多数の毛が生えている。体長は5p程度。


浅海系と深海系《図1》


コアサンプル採取《図2》


DNAとRNAの違いについて
DNAと同様に、RNA(リボ核酸 : Ribonucleic Acid)も核酸の一種。DNAの遺伝情報を長期間保存する静的な役割に対し、 RNAはその情報を一時的に利用する動的な役割を担っている。そのため、 RNAはDNAに比べ化学的に不安定な構造を取り、環境によって壊れやすい性質を持つ

HPE Integrity Superdome Xの性能検証

 

――今回、HPE Integrity Superdome Xに実施された類似性検索 BLASTと量子計算プログラム Abinit-MPの検証は、いかがでしたか。

     
  嶋根 氏:塩基配列をアミノ酸に対して検索するBLASTXから報告します。《図 3》は100-500bpの1000シーケンスのデータを NR(蛋白質DB)で検索した結果です。

Superdome Xのスレッド並列性能は 32並列を基準として 240コアまで 98%という極めて高い並列度を維持しています。通常共有メモリでは遠方のメモリーアクセスに伴う遅延から、高次の並列数においてスケーラビリティを維持することは困難ですが、この結果には大変驚きました。クラスターで流す場合は事前にクエリーを分割する前処理が必要ですが、共有メモリではその必要がないのでデータの扱い易さの点も好印象です。


  ――酵素の機能性改善のための量子化学計算の評価はいかがでしょうか。
     
  嶋根 氏:私は酵素(蛋白質)の構造安定性を分子レベルで評価するために、非経験的フラグメント分子軌道( FMO)法計算プログラムAbinit-MPを使っています。

使用したモデルはアミノ酸数 538、全原子数 8351の大規模モデルに相当するものです《図4》。Superdome Xを使うと CPU数に応じて性能がリニアに上がっていくことが多いので使いやすいという印象です。

メモリが大きいので、より大きな複合体構造や、大量の溶媒分子を含めた計算が出来るのは魅力的です。


  ――1万原子系の量子計算ができたインパクトはどうでしょうか。
     
  嶋根 氏:タンパク質の変異体開発には、多くの手間と時間がかかります。分子設計して、大腸菌を使って組換えタンパク質を生産し、性質を評価するまでにだいたい 3〜4日です。

このサイクルを何度も繰り返しおこなって目的の変異体を創るので、分子設計段階で評価の対象を絞り込みたい、この規模の計算をコンスタントにおこなえれば、酵素等の分子設計にかかる開発期間を大幅に短縮することができるのです。


  ――Abinit-MPではクラスターの方がメリットがあるのでしょうか。
     
  嶋根氏:多体展開 FMO法などを用いた高精度計算などで、 1つのフラグメントにかかる計算コストが大きくなると計算が難しくなってきます。複数ノードになると IOの問題がでてくるので、計算対象に合わせて CPU数を自由に動かせる Superdome Xのようなシステムの方が直観的で使いやすいし、効率も良いです。

今回、計算速度を第 2世代の地球シミュレータ(旧ES)とを比較していますが《図 5》、 64コアの ESと、240コアのSuperdome Xが同等の演算性能でした。実は、既に第 3世代の ESが本格稼働を開始していて( 2015年6月〜)総演算性能は実効値で約 10倍になっています。

Superdome Xの魅力は、膨大なメモリが利用できることだと思います。これまで難しかったような大規模シミュレーションも Superdome Xでは実行可能になると期待しています。







HPE Integrity Superdome X 検証環境

  • インテル® Xeon® プロセッサーE7-8890 v3 (2.5GHz/18コア)
  • 16ソケット(計288コア)
  • 24TBメモリ(DDR4)
  • Redhat Enterprise Linux 7.1
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シロウリガイ《写真》
相模湾の湧水域や沖縄トラフの熱水噴出孔に生息する大型の二枚貝。鰓には硫黄細菌が共生しており、この細菌が二枚貝に栄養を供給しているため、貝は殆ど摂食をしない。シロウリガイは海水温度の上昇に伴い、放卵放精することが知られている。


HPE Integrity Superdome XでのBALSTXのスケーラビリティ《図3》
横軸はコア数、32コアを基準としている。


モービリウイルスのヘマグルチニン(MV)とその宿主受容体(SLAM)の結合構造《図4》

    HPE Integrity Superdome Xについてはこちら
http://www.hpe.com/jp/sdx